人が何を思ってどう生きているか。わかっているようで、びっくりするくらいわからないものである。
これが世界だ、と人生で何度も思うかもしれない。でもそれは100年生きても一万年生きても、そう思い続けるんだろう。たまに垣間見る、自分と他人の根本的な考え方の違いにはとにかく驚かされるばかりである。それが、心を許した家族でも、長い友達でも、彼でも。いや、そういう人たちだからこそかもしれない。
自分が考えもせずに、物心ついた頃からあった自分の真ん中になるような基本の信条みたいなものってゆーのは大きい。人は思考を持つ生き物である限り、知覚した物全てを全く個人のフィルターを通すことになる。そのフィルターってのは、物心つく頃にはおおよそできあがっていて、成長するに従って多少の変形や成長は見られるものの、やはり根本はあまり変わらないような気がする。
生きてく上での全てのことが、この信条というフィルターに掛けられ一つの個人が個人として決まってくとしたら、その根本にある物の重さは想像を絶するものである。そしてこれはそれこそ十人十色、千差万別、おったまげる程違っているのである。そんな個人の集まりが社会であり世界であり宇宙。もうなんだか全然信じられない事実である。
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